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皆さんこんにちは!
株式会社境関養豚の更新担当、中西です!
トントン日記~part3~
ということで、これから養豚に関する雑学講座をお届けします!
今回は歴史についてご紹介します!
養豚業は、日本の食文化と密接に関わりながら発展してきました。現代の日本では、豚肉は牛肉や鶏肉と並ぶ主要な食肉の一つとなり、食卓に欠かせない存在となっています。しかし、日本の養豚の歴史を振り返ると、その普及にはさまざまな文化的・技術的な変遷がありました。
目次
日本における養豚の歴史は、約2,000年前の弥生時代にさかのぼります。中国大陸や朝鮮半島から稲作とともに家畜(豚・牛・馬)が日本に持ち込まれたと考えられています。
弥生時代の遺跡からは、豚の骨が出土しており、この時代にはすでに豚が食用として飼育されていたことが確認されています。しかし、当時の養豚は規模が小さく、野生のイノシシと飼育豚の区別も曖昧だったとされています。
飛鳥時代(6~8世紀)になると、仏教の伝来とともに肉食を禁じる風習が広がりました。675年には天武天皇が「肉食禁止令」を発布し、牛・馬・犬・鶏・猿の肉を食べることが禁止されました。豚はこの中に含まれていなかったものの、肉食文化自体が衰退し、養豚も次第に行われなくなりました。
江戸時代(17~19世紀)には、庶民の食生活は主に魚・米・野菜が中心となり、豚肉を食べる文化はほとんど残っていませんでした。ただし、長崎や鹿児島などの一部の地域では、中国や琉球(沖縄)との貿易を通じて養豚が継続されていた記録があります。特に、琉球(沖縄)では豚肉を重要なタンパク源として利用し、「豚は鳴き声以外すべて食べる」と言われるほど活用されていたのが特徴です。
明治維新(1868年)以降、日本は西洋文化を積極的に取り入れ、食文化にも大きな変化が起こりました。
特に、軍隊の食事に豚肉が取り入れられたことが、一般庶民への豚肉文化の普及を後押ししました。さらに、ハムやベーコンといった加工食品が国内で生産されるようになり、養豚が「産業」としての位置づけを強めていきました。
日本の中でも、鹿児島と沖縄は養豚文化が根付いた地域として知られています。
特に、鹿児島の黒豚は、明治時代にイギリスからバークシャー種を導入し、日本独自のブランド豚として発展しました。このように、地域ごとの特色を生かした養豚が始まったのもこの時期です。
戦後の日本では、経済復興とともに食生活が大きく変化しました。
この時期に、日本の養豚業は本格的に近代的な畜産業へと移行しました。アメリカやヨーロッパの技術を取り入れた大量生産型の養豚場が全国に広がり、より効率的に豚を育てるシステムが確立されました。
また、飼料の輸入が増え、穀物飼料を使った「集約型養豚」が主流になりました。従来の放牧型ではなく、豚を狭いスペースで管理し、短期間で成長させる方式が一般化しました。
1990年代以降、日本では「ブランド豚」の開発が盛んになりました。
このようなブランド豚は、消費者の嗜好の多様化とともに、高級志向の市場に対応する形で発展しました。
現代の養豚業では、以下の課題が顕在化しています。
これらの課題に対応するため、放牧型養豚や無添加飼料を使用したエコ養豚など、新しい養豚スタイルも登場しています。
日本の養豚業は、弥生時代の飼育から始まり、江戸時代の衰退、明治時代の復活、高度経済成長期の発展を経て、現代のブランド化・持続可能な畜産へと進化してきました。
今後は、環境への配慮や動物福祉を考慮した持続可能な養豚技術が求められるとともに、日本独自のブランド豚のさらなる発展が期待されます。養豚業の進化は、私たちの食文化を豊かにし続けるでしょう。
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